越後駒ヶ岳2003m
-echigokomagatake-
 
年月日 2003/07/12〜13  
メンバー 八王子登山学校・・・42名 越後三山(八海山・中ノ岳・越後駒ヶ岳) 
行  程 八王子23:00−関越小出IC−枝折峠6:15〜30ー明神峠7:10−道行山8:35−小倉山9:40  の一つ越後駒ヶ岳は
ー駒の小屋12:00−越後駒ヶ岳12:20〜50−駒の小屋13:05〜20−小倉山ー百草の池14:30  魚沼コシヒカリの産地を見下ろすように
明神峠ー枝折峠17:30・・・11時間  聳えている山だ
宿 泊 水上温泉『もちや旅館』  標高2003mの山なので
 2003年を記念した登山で人気がある
 八王子を23時に出発し、夜行バスで新潟に向かった。
 今回は八王子登山学校卒業生との交流登山なので、顔ぶれを見てもみな健脚そうに見え、行く前から気後れしてしまった。
 夜行バスでは眠れそうもないので、友人が持ってきた睡眠誘発剤を試してみたが、あまり効果がなかった。
   小出インターで降り、公園の広い駐車場に夜中の3時に到着。そこで仮眠を取り、6時に予約したタクシーで枝折峠に向かった。
 広くはないが舗装してあるよい道だった。途中から時間制限で、一方通行になるそうだ。
 トイレもある駐車場は30台ほどのスペースがある。
 ウラジオヨウラク    
 5班に分かれ、リーダーとサブリーダーを含め、卒業生の中に登山学校の私たち3〜4名ずつがはいる。私は自信がないので、一番レベルの低い校長のチームに入れてもらった。
 やんでいた雨がまた降り出し、最初から雨具を着てスパッツをつけ出発になった。  

5分おきくらいに各班が出発し、私たちは20分送れで歩き始めた。ここから標高差940mを約10時間の行程で歩く。

 雨が強くなってきたので、明神峠の祠に入り雨具のズボンもはいた。  コケモモ
 まだ歩き始めたばかりなのに、校長はなぜかここで20分も休憩をとった。いつも長い休憩は禁物だと言っているのに。。。
 小倉山までの登りは尾根道を歩くが何も見えず、白い小さなコメツツジが咲いているだけだった。
 アップダウンを繰り返し、道行山を巻きながら登っていくと小倉山で、駒の湯から上って来る道と合流する。
 ここからが本格的な登りになる。
 日当たりの良さそうなところには、イワカガミ、ヒメシャガ、ニッコウキスゲ、ヨツバシオガマなど咲いていた。
 雨は時々小止みになったり、強くなったりで雨具をつけていてもビショビショになる。足元はぬかるんで池のようになっているところもある。
 長い行程なので、休憩のたびに食料と水を補給する。
 ウラジオヨウラク、コケモモは多かったが、全体に花は少なく、6月半ばに校長が実踏に来た時は、シラネアオイ、カタクリでいっぱいだったというが期待していたほどではなかった。
百草ノ池を過ぎた頃から、最初の雪渓が現れた。    私たちの班は、ペースは遅く私としてはたすかった。途中に前の班の女性が、足がつってしまったため立ち止まっていた。休んだら大丈夫だと言うので、私たちの班に入って歩いた。

空気がひんやりしてきた。一度雪渓を渡り、どんどんと高度を上げていく。

最後の岩場の手前は鎖もあったが、鎖は使わないようにと言われ、素手で岩をつかみ登った。
   雪渓  
 足をかけやすい岩だったので、滑らないよう注意すればそんなに危険ではなかった。でも岩から体を離すように言われても、岩にしがみついてしまっている人もいて、校長に指導されながら時間をかけて登った。
   岩場を登りきったところに”駒の小屋”があった。こじんまりしたきれいな小屋だった。先に登頂してきたグループが休憩していたが、私たちは休まずに山頂を目指す。
 最後の急登は雪渓だった。先のグループが下ってきた。雪を踏みしめながら登る。ガスっていて展望は全くないが、雨はやんだ。登りきると、標識があるが山頂は少し右に登ったところだった。
 頂上直下の雪渓  シャクナゲがきれいだ。晴れていれば八海山を間近に望むことができるそうだ。
 30分ほど休憩を取り、駒の小屋に下る。  
 雪解け水が豊富で、冷たくておいしかった。
 ここから下る岩場は慣れない人には危険だからと、年配の男性に、スワミベルトをつけさせ校長とザイルでつないで下ろした。足の置き場を注意しながら何とか降りることができた。
 雪が解けたばかりのところには、イワイチョウが所々に白い花をつけていた。
     越後駒ヶ岳2003m
  私は今回初めてダブルストックを使ったが、これがとても調子良かった。 
登山学校ではなるべく登りにはストックは使わず、下りに使うならダブルストックが良いといわれていた。実践してみたら、1本と2本の違いは2倍の違い以上だった。 
 安定感は増すし、膝の負担が軽減すると実感した。ぬかるんで滑りそうな急なくだりも、安全で楽だった。使いにくそうだからと、敬遠していたが、こんなことなら早く使えばよかった。
 百草ノ池  ここまで時間がかかりすぎたからと、百草ノ池で休憩してからはほとんど休憩せずに急いで降りた。
長いくだりに飽き飽きした頃、一時晴れ間が出て、前方の山々と奥只見湖が見えた。長丁場でも展望がよければ苦もなく歩けるのに。 
 小倉山を過ぎ、道行山を過ぎてから校長は、前のグループが心配しているといけないからと、少し遅れると伝えるように先輩の健脚な女性を先に行かせた。
 先に着いたグループより遅れること1時間以上。泥んこのグショグショで、5時半頃枝折峠到着。
翌日は吾妻耶山ハイキングだったが、雨のため中止。前日散々雨に降られ、もう雨の中をこれ以上歩きたくなかったので、皆ほっとした。   
 その代り、土合駅の503段の階段を下り、地下のホームを見てきた。昔は谷川岳に登る登山者で賑わったそうだが、新幹線の開通とともに寂れてしまい、今は無人駅となり閑散としていた。
今回一緒だった先輩たちは、”オオルリの会”と言って登山学校卒業生で作っている会の人たちで、皆、登山をスポーツと考えている。 
 日頃もトレーニングに励んで、体育会系という感じで、今時のおじさん、おばさんの中高年登山とはまるで違う、つわものぞろいという感じだった。  土合駅503段の階段
 越後駒ヶ岳は長い行程で、花もあまりなく、雨で展望も全くなく、先輩たちの中で話もはずまず、楽しい山行にはならなかった。越後駒は、あまり良い印象の山にならなかった。登山する上では、何事も経験につながるでしょうが。。。